東長崎の芸能

佐賀藩の流れをくむ浮立

東長崎地区は元佐賀藩の領内であった農・漁業が主な産業であった地域にあり、肥前系統の浮立が多く残されバラエティに富んだ民俗芸能が保存継承されております。日本の西端、外国との窓口の長崎といえども西九州地方の一部であることを示しています。中尾の獅子踊は海外との接点としての長崎を象徴した中国風の踊りが浮立に取り込まれたものです。

浮立は、豊年感謝の意を表して奉納される神事芸能で、その語源は、平安時代の娯楽「風流」といわれ、鉦や太鼓のリズムにあわせて踊ります。

10月17日の「矢上くんち」には、4年ごとの輪番制で二つの地区が毎年奉納踊りを行います。長崎くんちと同様に子供達の夏休み期間中、毎日にように稽古し、大勢の方が参加する一大イベントであり、地域振興に一役買っています。

芸能には笛、太鼓の囃子がつきもので、長崎くんちのシャギリがこの地区に継承された理由が推察されます。


矢上神社

大己貴命(おおなむちのみこと)、素戔鳴尊(すさのおのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀っています。社伝によると、弘安4年(1281年)元寇の国難に当たり、国家鎮護の神として、矢上の山中に舞い降り座しけるを鎮祠したのが創建とされます。長崎で屈指の古社で矢上の地名の起源です。

例祭は10月17日「矢上くんち」といわれ神にぎわせのシャギリ、間の瀬狂言、中尾の獅子踊はいずれも県や市の文化財。面浮立、ササラ浮立、コッコデショ等の奉納踊りもあります。